石井淳アトリエ 建築設計事務所 神奈川県相模原市 建築設計事務所 相模原市


 □  ファジー(fuzzy= ぼやけた、あいまい、不確か)

2015-09-20(日)
吉田兼好 徒然草すっかり秋めいてきて健忘症の僕は、喉元過ぎて熱さ(暑さ)忘れそう、
だったのに今日はまた想定外の気候で、また暑かったりする。

徒然草の吉田さんは 「家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬は、いかなる所にも住まる。」
という。(写真:徒然草とデジャヴ Hiroshi's Web)
けれども現代のヒートポンプ空調を考えると、関東では冬の暖房のほうが大きなエネルギーを要するから窓の方位大きさや高さ、庇の出寸法など夏の日差しを考慮しながら
冬のダイレクトゲインを有効に得ようとする。
日なたぼっこの家だ。

ところが近年のこの暑さだ。スダレだ、グリーンカーテンだといっても間に合わず、
窓をピタリと閉めきり、さらに遮光カーテンで日差しの入射を防いだ人も多いはずだ。

海外の暑い地方ではそれが当たり前のところも多くある。昼間は窓を閉めきり、夜になってから乾いた涼しい空気を入れるのだ。
なのに昼間に窓を開けている家があって、それらはほとんどが日本からの海外赴任組だそうだ。
昼間室内が暑いと、外気は乾いているので思わず窓を開けたくなるのだという。しかしやはり熱風が入ってくるだけのこととなる。
関東で快適に過ごそうと思えば夏より冬のほうがエネルギーがより必要だが、生存という観点では実は現代でも吉田さんの
言うように夏のほうが危険なのだ。今年も老人が何人も犠牲になっている。

Low-E複層ガラスは金属膜の位置により、遮熱タイプにも断熱タイプにもなる。
窓外で日射を遮る工夫を考える人には断熱タイプが有利で、熱損失よりも入射拒否の人は遮熱タイプのガラス設えとなる。
結局僕は個々の住宅特性やクライアントの様子によりガラスタイプを変えるという、きわめてファジーな対応をとることにしている。
それを受けて今書いている文章も「けれども」「ところが」「なのに」とか、行ったり来たりしていてなんだかファジーっぽい。


サヴォア邸たとえばこのように 断熱性能ひとつをとっても
数字が機能を満たしていることだけでは住宅は創れない。

ル・コルビュジエは「住宅は幸福を生む場所」であると言う。
住宅が幸福を生む場所となるのは、保護されたなかでそうした空間の多様性を味わうことができるから(富永譲 ル・コルビュジエ 建築の詩)でもある。
ここでは「保護」も含め、ファジーで詩的な領域だ。
丹下健三が住宅を明日の生産に寄与する場所としたこととは対照的だ。
コルビュジエはまた一方で「住宅は住むための機械」とも言っているのだがここでの機械は広義のメタファーだ。



ロンシャン礼拝堂主体としての人間の時間軸を建築に織り込み4次元表現としたり、構造と
プランを一致させなかったり、提唱する近代建築5原則だって原則というより
その発想法のことでありコルビュジエ本人も原則にこだわるところがない。
5原則には入ってはいないのだがコルビュジエがこだわり、また現代にも
大きな影響を与えている空間の垂直方向のつながり (シトロアン型 縦に
流れ出す空間)もきわめてファジーな対応だ。
これはミースの水平に流れ出す 天井と床の空間構成と対照だ。
(写真:サヴォア邸とロンシャン礼拝堂。2枚ともコルビュジエ財団)


戦後70年の今年、時の流れが加速しあまりに早く感じ、喉元過ぎて暑さ忘れそうだったファジーな(fuzzy= ぼやけた)僕は今一度、
湾岸戦争 - 911 - 311 - メルトダウン を思い返し、東京オリンピックまでにはさらに多くの事が押し寄せては去ってゆくのだろうと、
鬼怒川決壊から10日後、ファジーに思う一日だった。



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