石井淳アトリエ 建築設計事務所 神奈川県相模原市 建築設計事務所 相模原市


 □  マスタングの鼻先

2015-02-18(水)
マスタングの鼻先

ムスタング実は僕は特に車好きというわけじゃない。

「カマキリ色のミドデミ…」とオレンジ(ジャイナンツカラーに
そっくり…)のお話を若いご夫婦が漫談しているのを横で聞きながら
「伊坂の「ガソリン生活」を読んだのかしら」と思う。

そんなこんなで緑のデミオは戦国武将なみに僕の身近になった。
ミドデミを見かけるたびに彼ミドデミのつぶやきを聞こうと
ジッと見つめてしまう癖がついてしまった。
そのくせ「手摺にはオレンジ」を事あるごとに繰り返して言っている。
シルビアのくせにオレンジだから、手摺はオレンジなのだ。


左はトレーラーそんな可愛いデミオとは対照的な英語でつぶやく車たちと
今日は対面してきた。なんとも驚いたのはマンションやアパートを
幾つも所有しているの人なのに、お住まいがトレーラーなのだ。
所有の車たちはいくつものお家にいるのに。ただトレーラーと
いっても左写真の左スミのお家が、これがトレーラーなのだが。

ガレージ派はみな同じ匂いがする。 一昨日も引用した
『人は生きて死ぬ。ずっとそう思ってきた。そのあいだに
おのれをつらぬく。それ以外に、大事などあるものか』
的な生き方だ。


アメリカンアメ車たちの住まいはアメリカンコロニアル的だ。
僕だったらどういう住まいを与えるだろうかとふと思ってしまう。
たった1時間しか眺めていないのにアメ車たちの車幅が体に
染みつきかけてしまい、目の前の現実の国産車たちのほうが
違うのかしらという錯覚に囚われ、これにも驚かされた。

世の中いろんな男がいるもんだ。


因みにこれらの中の一台の車は元所有者がお坊様だったという。
坊様だったり神主様だったりするものなのだろう。
http://homepage2.nifty.com/ishiiat/nicky/nicky201409.html




 □  あぁ、信長についてのあれこれのつもりが

2015-02-16(月)
今、細川家所蔵「信長の手紙」が公開され話題になっている。
http://www.eiseibunko.com/exhibition.html
信長の署名は実にカッコいい。
天下武布の印にもさまざまな解釈が展開されているようだ。
その一端が  http://www4.plala.or.jp/kawa-k/kyoukasyo/3-4.htm
数年前からまさに信長の大ブームだ。

僕らは(僕とハルは)ずいぶん前から信長を感じていたけどね。
もう何年も前になるだろう。
ハルは長篠の戦いの鉄砲の数まで、まるで目の前の資料を読むように僕に教えてくれた。
彼も今はもう中学生になる。
大工のノブチカだって、こちらは信長のマンガ本をたまたま現場に持ち込んでいて
「おぅ信長好きかい?」「まぁ」とかいう会話で。
でもノブチカって信長と元親だったのかなぁ、と今さら思うのだ。
でもノブチカって敬愛する松田優作に似ているのだが。

かつて僕が学生時代に司馬さんの「竜馬がゆく」が幕末に火をつけた。
そうなると司馬の数々の著書や新撰組に係るもの、古くは1946の子母沢寛の勝海舟まで面白くてしょうがなくなり
幕末の男たちは皆どんどん僕の身近な男たちになった。
ちなみにNHKドラマ福山の「竜馬がゆく」のとき、何十年の時を経て司馬さんの竜馬を開いてみると
ページは白いところばかりが多くてなんとも薄い本で拍子抜けしてしまった。

戦国ばやりの今、僕には戦国の男たちもとても身近だ。
和田竜の「村上海賊」を読んでいても、あぁ、孫いっつぁんはまるで僕の親戚みたいなものだと思うほどだ。
昨年惜しくも亡くなった山本兼一の「信長テクノクラート三部作」と呼ばれるようになった3冊は秀逸だ。
とはいっても「白鷹伝」「火天の城」「雷神の筒」が3部作であると実は今検索してから書き付けた。
いったいどれが3部作だったのかすでに忘れてしまっているからね。それほどどの作品もたいそう秀逸なのだ。
過去モノログでもふれた山本兼一記事だ。
http://homepage2.nifty.com/ishiiat/nicky/nicky201306.html
だが世の常として、彼が「なんちゃら~とびきりや」みたいな駄作も書いたのは仕方がない。
だがとにかく、実に惜しい男を亡くした。

僕はある時期から本を所持しないことにしたので手元には1冊もなく、ほぼ図書館頼りだ。
読み漁っていると未読の本と既読の本の区別がつかなくなり、このモノログのどこかでも何度かぼやく羽目になる。
そこで読書歴のようなものをつけ始めたのだが
それでも先週、読書歴をつけ始める前に読んだ中村好文を重複読みしたような気がするのよ。
中村さん同じ建築ネタで何冊か書くからなぁ。
読書歴、パソコンというものは実に便利に記憶し整理し保管してくれる。
司馬さんの「二十一世紀に生きる君たちへ」だって保存してある。これはNETでもいつでも丸々読むこともできるが。
読書歴「白鷹伝」の欄には
『人は生きて死ぬ。ずっとそう思ってきた。そのあいだにおのれをつらぬく。それ以外に、大事などあるものか』
とコピーが添えてある。どうです? いい言葉でしょう。
岡本太郎も
『信念のためには、たとえ敗れると分かっていても、おのれを貫くそういう精神の高貴さがなくて、何が人間ぞと僕は言いたいんだ』といってますがね。
いちいち琴線に触れるしいちいちパソコンは記憶してくれる。

ところが奇跡的に、読んだものが自分の頭に染み込み、果ては自分の言葉なのか読んだ言葉なのかもわからなくなることがある。
半年以上も前のことだが僕の理論派のクライアントに対して
「建築は割り算では割り切れない余りの部分が面白いのよ」
と言ってから、自分でもフ~ンと思ったのだ。
今四苦八苦して検索してみると
『割り算の余りのようなものが残らないと、建築はつまらない。
人を惹きつけたり記憶に残ったりするのは、本来的ではない部分だったりするからね。
しかし、その割り算の余りは、計算してできるものじゃない。
出来てからしばらく経たないとわからないんだな』
吉村順三事務所をモデルとしたであろう松家仁之著「火山のふもとで」だ。
あぁ、残念ながら僕の言葉は松家さんの後みたいだし、受け売りだし、元祖はやっぱり的確だ。

松谷さんは編集長時代に、吉村事務所から独立した中村好文に自宅を設計してもらっている。
小説のなかの“内田さん”は中村なのだろう。
僕らは近所のおやじが「たためる椅子」を持っているとそれだけで興奮し尊敬し、あぁ、何度もたたんだり開いたりする。
「たためる椅子」は八ヶ岳音楽堂のために吉村が(中村が)デザインした椅子だ。
これも念のため検索・・・
http://www.youtube.com/watch?v=oXQzx9iaaas
吉村が造った部屋の大きさや手摺の高さなど細部まで僕らは感知し憧れているのだ。

信長について書くつもりだったのにどうにもまた散逸してしまう。

実はこれまでにも散逸の納まりがつかなくなり2回ほどエントリー記事をボツにしている。
今回はこれにて、ソソとエントリーします。

以下のことは次の機会に廻すことにしよう。
垣根涼介の「光秀の定理(レンマ)」にあるモンティ・ホール問題をこの正月に壺を振って実地に試してみて笑ってしまったこと。
光秀は信長から家臣の中でも絶大な信頼を得るようになっており…にも関わらずという世紀の謎の解は
たぶん信長は、光秀ではなくとも家臣の誰かに必ず背信を受ける体制にすでに入っていたのだ、と僕は思っている。
戦国の忠義と矜持は主君に対するものではなく己の家筋に対するものだ。
光秀に限らず三成も、敗れたものの話は勝者からしか語られる以外にはない。
3部作以来の事なのか、信長の話は自身の話よりも他者の話の中に数多く潜み、そのくせ不思議なほど鮮やかに浮かびあがる。
そしてどの話にも、憤怒の感情と、近代の理性と、弾のほうが避けて飛ぶような己を超越した心覚えが必ず垣間見えるのだ。

トットとエントリーしてしまい、次の機会はもうないかもしれない。


117代目末裔CMメイキング



17代目末裔CMメイキングより









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