石井淳アトリエ 建築設計事務所 神奈川県相模原市 建築設計事務所 相模原市


 □  僕の坂

2012-11-26(月)
天高坂坂が好きなわけではない。
自転車でも朝のジョキングでも坂にさしかかると「なんの!」と気合をいれ、
好きなわけではないどころか、まるで仇にむかうように力がはいってしまう。
朝のランニングコースにある「天高坂」はコース終盤にあらわれ、天野さん高橋さん
やはり 「なんの!」と思いながら登る細く寂れた坂だ。
「なんの!」 「天高坂とはずいぶん大仰な名前じゃないか」
「天高坂では絶対立ちどまらん」
「フッ、今日も上りきったわい、たいした坂じゃないもんね」
てな調子だ。

ある日、どれだけ天高な坂だったのか見てやろうじゃないか、と立ち止まり碑の横に刻まれた文字を読むと
「天野高橋の土地提供により天高坂と命名・・・」とある。
走り出しながら頭の中は 「アマノたか橋」 う~ん、「土地提供?」「天野高橋?」と
書いてあることがよく飲み込めずに走り終わるころになってやっと理解にいたった。
汗をシャワーで流しながら ひとり可笑しくて 「どうりで天高などと実体に似合わぬ
大仰な命名なわけだな」 アゲクに「天野さん高橋さん。ありがとう」とまで思ってしまう。
それ以来この天高坂もなんとなく気を抜いて登れるようになった。


やまのの坂第六天坂天高坂の近くの別のランコースに「やまねの坂」がある。
これもまた細く寂れた緩やかな短い坂道だ。
調べて見ると「山の根=麓の坂」の意味らしく
近くの山王日枝神社から「やまね」らしい。
さらに 「第六天坂からやまねの坂までつづく道を
「久保沢道」といい」 ともある。
しかしいっこうに、そのような一丁前の名前の道とは思われず、
どこが久保沢道であるのかも皆目わからない。
おそらく昔は地形が違い、道路はまったく違っていたのだ。
今度は「第六天坂」をさがしに自転車で走ってみた。
たどり着いた坂はこれもまったく住宅街の中の細く寂れた坂道だった。


こんなふうに身の周りの坂を感じはじめると、また少し僕の幸せな場所が広がる。
家の中だけが僕らの場所ではない。いろいろな場所を少しずつ暖めてお気に入りの場所を見つける。


泣坂以前に自転車で走っていると「泣坂」というのがあった。
これはなかなかの坂でなるほどとも思ったのだが、
昔の人が歩いて登るのに泣くほどの坂だろうか、
とも思いながらかろうじて泣かずに登った。
先程調べてみると「昔この近くに刑場があり、処刑される罪人が坂を登りながらわが身を嘆いて泣き叫んだということからこの名があるという。刑場とは原嶋源右衛門が処刑された先の崖山を指すのだろうか・・・。」とあった。
泣かずに上りきってよかったと、今になって思う。




 □  僕の桜

2012-11-14(水)
僕の桜

事務所のデスク脇の窓から毎朝夕眺めているお気に入りの桜の木が伐られることになった。
役人しかりの人たちがぞろぞろ頭数を並べこの桜を囲んでいるのを見た時、その予感はした。
しばらくしてから伐採通知書が上の写真のように桜の幹にグルグルと巻きつけられた。
内容は「腐食が確認されたので伐採する、時期は12月中旬、相模原市道路補修課」である。


一昨年の桜

これは一昨年の桜。
昨年9月、台風で右から2番目の桜の木が道路に静かに倒れていくのを見ていたことはすでにエントリーした。
桜はもともと根が浅く脆いのだが歩道の植樹スペースではさらに根が張れず、根ごと堀り起こされ倒れたのだ。


僕の桜
これは昨年の桜。
倒れた樹は跡形もない。
他の樹種の街路樹はこれでもかというくらい剪定された。

桜は剪定が難しいらしく 残念無念だ。
モノゴトは常ならず、生れ死ぬる人あり、と自分に言い聞かせる。
「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。」 平安時代の日本人に僕は何度も何度も教えられる。
左端の 僕の桜 は来年はない。
切り株が掘り起こされ新しく舗装しなおされ跡形もなくなる。
僕はそれに慣れる準備を今からしなければならない。
その前に季節恒例の桜の落ち葉掃きを、また連日あきもせずするのだが。

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